私は、幼いころから今に至るまで、とても恵まれた環境で育てられてきました。

愛情豊かな両親や祖父母からはいつも可愛がってもらい、家庭だけではなく周囲の人たちや環境にもとても恵まれ、元気で伸び伸び!な子供時代を経て成長しました。

そんな私でしたが、生きていく中で一番探していたこと、人生で一番求めていたことは、本当に「愛する人」を見つけること。「真実に愛する人」「変わらない愛を成せる人」を無意識に求め、探していました。

特に大学生になってからは、人を好きになったりということはありましたが、

漠然と信じていた無限の愛、変わらない愛というものは、なかなか見つからず、もしかして存在しないのかもしれない…と思ったり、どこか限界を感じるようにもなりました。

人間同士が真実に愛し合ったとしても、本当の意味では完全に一つではないし、どんなに愛し会う対象がいたとして、どちらかが先に死ぬかもしれない。

「永遠な」とか「変わらない」とか、そういうものはそもそも存在しないのでは?所詮、人間の愛はそんなものなのか・・・?とも色々考えていました。

そういう思いを抱きながらも、大学では部活に明け暮れながら(体育会系女子!)、元気に生きてはいました。

日々をそれなりに楽しく過ごしながらも、「愛」について考えながらもはっきりとは解かれないまま、答えをくれる人はいなかったし、見つけられないまま大学4年生になりました。

その年の夏、10年来の親友からの紹介で教会の仲間たちと出会うようになりました。

中学高校と、ミッション系の学校だったので、教会・聖書には抵抗が無く、聖書を楽しく学び始めるようになりました。

以前学校で習っていた聖書のイメージ(フィクションのような、ちょっと理解し難いような本だと思っていました)を払拭してくれる御言葉でした!

面白くもあり、また自分自身に該当する話として、とても興味深く学ぶことができました。

そして学んでいくうちに、神様を知るようになりましたが、神様はただ頭で考えイメージするだけの対象ではなく、生きて働く存在者だということを実際に自分自身が体験をしながら、はっきりと知るようになりました。

そして、神様の愛は、私が探していた「変わらない愛、永遠な愛、真実な愛」だ!と気づくようになりました。

「おぉ!やはりそのような愛はあったんだ!!」と、とても感動し、空想でも妄想でなく本当に存在する無限の愛を知るようになりました。

また、そのような「愛」を実践して生きている先生と出会い、人間として生きながらもこのような愛をすることができるんだ!ということを知り、大きな感動を受けました。

愛の実践者である先生に出会って、その御言葉を学ぶ中で、一番知りたかった「愛」についてはもちろんのこと、「人生の目的」もとても明確になり、「自分自身の価値」についてもはっきりと知るようになりました。

それまでの人生も確かに恵まれた環境であり、足りないものはあまり無いようには思っていましたが、御言葉を聞いてみると人生の根本の問題がはっきりと解かれ、より確信を持って喜びをもって生きていけようになりました。

恵まれていたとしても、漠然と生きていくしかなかった人生の道をはっきりと教えてくれたのが、先生でした。

人生の根本である「愛」について、そして自分の「人生の目的」について、はっきりわかって生きていけることは本当に大きなことです。

そして、今は、それを自分だけに留めるのでなく、伝えていくことが私の喜びにもなりました。

特に、自分の後進たちには、自分自身の経験として、若いうちに人生の道を学ぶ価値を惜しみなく伝えていきたいと思っています。

今まで育ててくれた両親や関わって下さった全ての方々への感謝は尽きないのはもちろん、私の人生の道をはっきりと照らして下さった先生に出会い、今こうして日々喜んで甲斐をもって生きていけることに、心からの感謝を捧げます。