私は2004年に摂理で御言葉を聞くようになり、信仰を持つようになりました。摂理の教会に通うようになって、私は多くの宝物を得るようになりました。神様の愛、真理の御言葉、夢、希望、苦楽を共にする仲間たち…その一つ一つがかけがえのない神様からのプレゼントであり、私の宝物です。教会で御言葉を聞き、祈り、賛美する時間。教会の仲間たちと過ごす楽しい時間。何気ない1日でさえも、幸せで満ち溢れています。

多くの宝物の中で神様からの一番のプレゼントは何かと考えた時、それは新しい自分、変化した自分ではないかと思います。摂理の御言葉に出会い、神様に出会い、キリストと出会ったことで、私の人生に奇跡が起こりました。私の人生が、私の生き方が、私のすべてが変わったのでした。信仰を持つ前の私を知っている友人には「本当に変わったよね」と驚かれます。

摂理に出会う前は人生を生きる目的も人生の夢もなく、自信が持てないでいました。だから自分の弱さを人に見せたくなくて強がって生きていました。しかし今、私は自分自身が弱い存在であるということを告白できます。

御言葉を学ぶことで私は自分自身があまりにも弱く、足りない存在であることを知るようになりました。使徒パウロはピリピ人へ宛てた手紙の中でこのように語っています。『わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる。(ピリピ人への手紙4章13節)』と。私もまた告白したいと思います。『わたしを愛して下さるかたによって、何事でもすることができる』と。

全能なる神様が私を愛してくださるから。

主が私のために愛で十字架を負ってくださったから。

御言葉が人生を生きる目的を与えてくださったから。

私は自信を持って人生を歩むことができるようになりました。

私は弱いけれども強いのです。

イエス様が『また真理を知るであろう。そして真理は、あなたがたに自由を得させるであろう(ヨハネによる福音書8章32節)』とおっしゃった通りに、摂理で教えていただいた真理の御言葉によって私は本当の自由を得るようになりました。

私の人生に起きたこの奇跡を想うと感謝が溢れます。この奇跡を語る上で、鄭明析先生のことを抜きにすることはできないと思います。

ペテロやパウロはイエス様の愛とその生き方に感動して、偉大な人生を生きるようになりました。そのように私も鄭明析先生のその生き方に感動を受けて、自分もあのように人生を生きたいと思ったのが変化のキッカケでした。その感動があったから私は変化することができたのだと思います。神様を愛して、神様の愛で人を愛する。真実で偽りのないその姿に私は感動したのでした。

最後になりますが、私の人生に素晴らしい宝物を溢れるほど与えてくださっている神様に愛を告白します。

ありがとうございました。