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私を御言葉でつかんでくださった

私(写真左から2人目)は5人家族のうちで最後にようやく聖書の話を聞くようになりました。ヨガのインストラクターの仕事も充実しており海外旅行も大好きで人生を楽しんでいたので、聖書は必要ないと主張していましたが、そんな私の霊魂を先生の御言葉が衝撃的に掴んでくださったことがありました。

娘たちに連れられ、韓国の先生の故郷に初めて行ったときのことです。行きの飛行機の中で不思議とそれまで旅したイタリア、アメリカと、印象に残った場面が次々に浮かんできました。正直ウォルミョンドンにはそれ以上のものは期待していなかったのですが、いざ到着すると咲き誇る春の花々に迎えられ「うわ~、天国みたい!」と思わず感嘆の声が出ました。

翌日の礼拝は先生の説教を聞きましたが、御言葉の中で 「私はイタリアのミラノ大聖堂、世界の有名な画家や彫刻家が長い歳月をかけて作った芸術を見たし、アメリカのグランドキャニオンも訪れました。是非とも両親を連れて来て見せたかった。そしてここウォルミョンドンもすべて神様の作品です」と、なんと私が飛行機の中で回想していたことをそのまま説教で語られたのです。御言葉の中の短いお話でしたが、私は驚いて熱く叫びたい程の衝撃を受けました。

お会いしたことのない先生なのに、私の心を分かって神様が先生を通して歓迎してくださっているように感じました。遠かった先生が近く感じられ、その続きをすぐにでも語り合いたい心境で嬉しくなりました。

私は世界のあちこちを旅して回り、各地で神様の作品にたくさん出会いましたが、聖地ウォルミョンドンほど神様を実感できる場所はないと思っています。なぜならそこで私が確かに神様に出会ったし、そのように人々が神様に出会える場所だと行くたびに実感するしかないからです。

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